大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決 1956年9月10日

原告 北海道漁業協同組合

被告 札幌国税局長

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は、札幌地方裁判所昭和二十九年(ケ)第五号競売事件(競落人原告、債務者北海道水産株式会社)につき、別紙目録記載の不動産に対する札幌法務局小樽支局の課税標準価格に関し昭和三十年五月三十日附で被告がした審査決定はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)に対する札幌地方裁判所昭和二十九年(ケ)第五八号債権者日新水産株式会社債務者北海道水産株式会社間の競売事件につき、原告は昭和二十九年十一月二十二日競落代金四千三百万円で競落許可決定を受け、同年十二月二日同裁判所から右競落物件につき、前記競落代金に相応する所有権移転登記登録税金二百十五万円および抹消登記登録税金百八十円計金二百十五万百八十円を収入印紙をもつて納付すべき旨の通知を受けたので同年十二月二十四日これを同裁判所に納付した。そこで同裁判所は、札幌法務局小樽支局に対し本件不動産につき競落による所有権移転登記の嘱託をしたところ、同支局所属登記官吏より本件不動産の課税標準を四千五百三十三万円と認定したからこれに対応する登録税を納付されたい旨登録税法第十九条の六により告知してきたので、同裁判所は昭和三十年一月十三日原告に対しその旨を通知した。原告は、右登記官吏の認定には承服できなかつたけれども、登録税法第十九条の七による臨時の措置として一応右差額を納付した上、同年二月七日被告に対し審査請求をしたところ、同年五月三十日請求を棄却する旨の決定がなされ、同年六月一日右決定書の送達を受けた。

二、しかしながら、不動産登記法第二十五条によれば、不動産登記は法律に別段の定めるのある場合を除き当事者の申請による場合と官庁若くは公署の嘱託による場合とに限定されているが、当該登記官吏が登録税法第十九条の六により登記申請者の申請した課税標準価格を不相当と認めてその価格を認定しこれを告知しなければならない場合には、その登記が当事者の申請による場合に限られるべきことは同法条の規定により明日であつて、本件登記のように競売法に基く裁判所の嘱託登記の場合には右法条の適用はない。すなわち、本件登記は裁判所の嘱託登記として確定した裁判の執行にほかならず、登記官吏に価格認定権はないのであるから、被告のした察査決定は不当にして取り消されるべきである、と述べ、

三、被告の主張に対し、昭和三十年二月十二日札幌地方裁判所が右登記の嘱託を取り下げて同月十六日改めて登記を嘱託したことは不知、その余の原告の主張に反する部分は否認する。

登録税法の立法趣旨は、物件の真実具体の価格に基いて課税することにあると解せられるが、物件の真実具体の価格が最も端的公正に顕現するのは、それを求めんとする人々に自由平等の機会を与えその時その場所における利害得失を考慮し実際的評価をさせた上公売に付する場合にのみ顕現するものと考えられる。したがつて、競売価格こそは課税標準価格として最も妥当なものである。一方固定資産評価額は、最も真集に近いと思われる多くの蓋然性を総合して年に一度観念的に形成されたもので、変転極まりない経済の変動に応じてその都度形成されて行くものでないから、競売価格に比し真実から遊離しかつ合理性を欠如するものである。したがつて、地方公共団体においても競争入札により各不動産の価格を決定するのが相当であるが、実際上不可能なので止むをえず被告主張のような固定資産評価によつているのである。もつとも、実例では、固定資産評価格より競落価格の低い場合には右固定資産評価格によることが多いが、それは両者の差が僅かでこれを争うことが多数の手続と費用を要するので競落人において争わないだけである。反対に競落価格が固定資産評価格よりも高いときは登記官吏は例外なく登録税標準価格として競落価格によつている。しかしながら、競落価格が固定資産評価格より高いときは競落価格を課税標準価格とし、逆に競落価格が固定資産評価格より低いときは固定資産評価格を課税標準価格とするというような安易不当な見解は断じて排斥せらるべきであり、競落価格こそ最も妥当な価格と断定せざるをえないと述べた。

被告代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実は、原告の登録税納付が登録税法第十九条の七による臨時の措置としてなされたものであることを除き、すべて認める。

一、登記官吏の価格認定処分は存在しない。

昭和三十年二月十二日札幌地方裁判所は先にした登記の嘱託を取り下げ、改めて同月十六日札幌法務局小樽支局に対し課税標準価格を四千五百三十三万円とした前同趣旨の登記の嘱託をしたので、同支局登記官吏はこれを相当な価格と認定し即日所定の登記を完了した。すなわち、最初の登記の嘱託は取り下げになり消滅し、昭和三十年二月十六日の嘱託登記のみが登記官吏に対し法律関係を生ずることになるわけであるが、右嘱託登記においては課税標準価格に相応する登録税が納付されたのであるから、そこには何ら登記官吏の認定行為は存在しない。したがつて、登記官吏の認定処分ありとしてこれが違法を前提とする原告の主張は理由がない。

二、登記官吏の認定権限について。

かりに嘱託登記につき登記官吏の価格認定行為があつたとしても、本件のような場合には登記官吏は独自の立場で価格を認定する権限を有する。

およそ官庁若くは公署が公権力の主体として私人の権利関係に介入する場合には、その権利変動と登記面とを一致させるため、物権変動のみならず対抗力附与の段階まで官公署に介入せしめ当事者に代つて登記を嘱託させることにしている。すなわち、官公署が登記の嘱託をする場合の登録税の納付手続は、登録税法施行細則第三条により当該官公署が嘱託書に登記権利者の提出した印紙を貼用して登記官吏に送付するわけで、当事者の申請の場合と同じく登記権利者が登録税を納付しなければならないことになつている。しかも嘱託登記は当事者の私的利益の保護を目的としてなされるもので、これにより当事者は第三者に対する対抗要件を具備するという利益を受けるのであるから、形式は裁判所の嘱託であつても実質は当事者の申請による場合と何ら変りがなく、国家はこれを契機として登録税を賦課徴収するわけである。したがつて、当事者の申請の場合と同様に競落嘱託の課税標準価格が不当なときは、登記官吏は改めて独立の立場で価格を認定する権限があるといわなければならない。

三、課税標準について。

およそ不動産の価格は公正な時価によるべきで、実際価格がこの公正な時価と一致するときは実際価格がそのまゝ課税標準価格となり、反対に公正な時価と離れるときは右時価によるべきである。しかして公正な時価とは、多数の需要と供給との関係において通常成立すべき価格から特定の取引に伴う特殊の条件を捨て去り、多数の第三者により公正に判断された価格をいい、具体的には自治庁長官の定める評価基準による固定資産評価格がこれに該当する。右基準によれば、家屋の場合は、まづ評点基準表により坪当り再建築費評点数を求め、これに建築費の地方差を考慮して定められる評点一点当りの価格と各種の増減率を乗じて坪当り再建築費価格を出し、これに床面積を乗ずればその評価格が算出されるわけである。しかして右基準により算出された本件不動産の価格は四千五百三十三万円であり、しかも右価格は建築材料の運搬費、管理費、利潤等を原価に算入していないので、実際より遙かに低い価格となつている。したがつて右金四千五百三十三万円の固定資産評価格は公正な時価を示すものである。と述べた。

<証拠 省略>

理由

本件不動産に対する原告主張の競売事件につき、原告がその主張のような競落許可決定を受け、その主張の日その主張のような所有権移転登記登録税金および抹消登記登録税金を札幌地方裁判所に納付したこと、同裁判所が昭和二十九年十二月二十七日札幌法務局小樽支局に対し原告主張のような登記の嘱託をなしたところ、同月二十九日同支局の登記官吏から、本件不動産の課税標準価格金四千三百万円は著しく低廉であるから、これを金四千五百三十三万円と認定した。よつてこの不足額に対応する登録税を納付するよう登録税法第十九条の六により告知する旨の告知があつたので、同裁判所は原告にこれを通知し、原告が右告知にかゝる登録税を追加して支払つたことは、当事者間に争いがない。

原告は嘱託登記の場合登記官吏に認定の権限がないと主張し、被告はこれを争い更に本件登記につき登記官吏の価格認定処分は存在しないと主張するので案ずるに、成立に争いのない甲第十号証同第十一号証の一、二、同第十三号証によれば、昭和二十九年十二月二十七日札幌地方裁判所裁判官が札幌法務局小樽支局に登記の嘱託をなしたところ、同月二十九日同支局登記官吏が不動産課税標準価格四千三百万円は低廉に付四千五百三十三万円に認定する旨の告知を付して右嘱託書を札幌地方裁判所に返送したので、昭昭三十年二月十六日札幌地方裁判所は原告にその旨通告して差額印紙を納付させ前の嘱託書の日附を改めて札幌法務局小樽支局に対し登記の嘱託をしていることが認められる。もつとも成立に争いのない乙第一号証によると、昭和三十年二月十二日札幌地方裁判所裁判所書記官補が、札幌法務局小樽支局に対し先に札幌地方裁判所のなした登記の嘱託を取り下げる旨の文書を送付したことが窺えるけれども、右は単にその間の経過を整える趣旨で送付せられたものと認むべく、裁判官が執行裁判所としてなした登記の嘱託を、その裁判所に非ざる裁判所書記官が取下書を提出したとしても取り下げの効果を生じないこともちろんであるから、昭和三十年二月十六日なされた登記の嘱託は、先になされた登記嘱託の不足登録税を追完したものと認むべく、右は結局登記官吏の本件不動産の課税標準価格を金四千五百三十三万円と認定する旨の前記告知があつたからこそなされたわけであるから、被告の登記官吏の認定処分なしとの主張は採用できない。

よつて進んで嘱託登記の場合登記官吏に認定の権限の有無について考える。

当事者の申請による不動産登記につき登記官吏に価格認定権のあることは当事者間に争いがない。ところで登録税法施行規則第三条によれば、官庁若くは公署が嘱託登記をする場合には、登記権利者の提出した印紙又は現金の領収証を嘱託書に貼用又は添付して登記官吏に送付することになつている。したがつて、官庁若くは公署は登記権利者が右登録税を納付しないときは自ら立替えて登記を嘱託するに非ざればそのまゝ放置する他はないのであつて、登録税の実質上の納付義務者は登記権利者であるといわなければならない。しかも官庁若くは公署の嘱託登記により利益を受けるのは登記権利者自身であることを考え合せると、形式は官公署の嘱託登記であつてもこれを当事者の申請による場合と区別して取り扱う必要は少しも認められない。したがつて、登記官吏は当事者の申請の場合と同様登記嘱託の課税標準価格を不相当と認めるときは、自らその価格を認定してこれを告知する権限があるといわなければならない。

そこで登記官吏は何を基準として課税標準価格を認定すべきかが問題になる。

適当な時価によるべきことは当事者間に争いないところ、適正な時価につき原告は競落価格を主張し、被告は固定資産価格をもつて争うので案ずるに、成立に争いのない甲第三号証、同第四ないし第七号証の各一、同第十五号証、乙第二号証の二、三、四に証人平原義文の証言を総合すると、本件不動産に対する札幌地方裁判所昭和二十九年(ケ)第五八号競売事件の第一回競売期日における本件不動産の最低競売価格は(鑑定人白石寿雄の鑑定の結果によれば)金六千七十八万四千五百円であつたところ、競落の申出がなかつたゝめ右最低競売価格を順次引き下げ数回競売期日を開き、結局昭和二十九年十一月十九日の競売期日に原告がその最低競売価格金四千三百万円で本件不動産を競落したこと、一方札幌法務局小樽支局においては登録税の課税標準価格の認定基準として従来固定資産税の評価格によつていたところ、右固定資産税の評価格は、自治庁長官が市町村長に対する固定資産の評価に関する技術的援助として示した固定資産の評価基準に基いて、小樽市長が算出したものであり、特段の事情のない限り公正妥当なものと認められること、右評価基準による本件不動産の昭和二十九年度評価格は金四千五百三十三万円であるが、この価格は材料の運搬費、管理費、利潤等を見込んでいないので一般の価格に比べ却つて低いことが認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、小樽市の固定資産評価格金四千五百三十三万円はむしろ適正な時価以下であると解されるので、登記官吏が右価格に基いて登録税の課税標準価格を認定したのはもとよりその専権に属する裁量権の範囲内の行為であつて誠に至当といわなければならない。

果してそうだとすると、原告の審査請求を棄却した被告の決定は相当であり、これが取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れないので、民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢龍雄 吉田良正 徳松巖)

目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例